松屋長春の和菓子便り

尾張稲沢の和菓子店、松屋長春の毎日を皆様にお届けします。 末長くお付き合いをよろしくお願いいたします。



初釜

本日は国府宮神社の初釜の日です。

先ほどご注文の蒸し菓子をお届けしてきたところです。



御用命の菓子は「常盤」

表千家の初釜にはこちらの常盤が使われます。

一般的には初釜には、どうしても「花びら餅」が頭に浮かぶ事でしょう。

しかし、花びら餅は裏千家由来の菓子です。

ここで、少し「常盤」のご説明をさせて下さい。

外観はなんの変哲もない薯蕷製の蒸し菓子です。しかし、割ってみますと中から備中白小豆こしあんを鮮やかな若草色に染め上げたあんが顔を見せます。これは雪の中からの草萌えを表現しているのだと今に伝えられています。

表千家、碌々斎宗匠のお好みでありました。

「常盤」はつるっとした純白の外観が常でありますが、本日ご担当の先生のご希望で金箔をハラハラと頂にあしらっており、より一層華やかに仕上がっております。

本日の茶席の当日券はもちろんございます。また、松屋長春の店頭でもこの「常盤」を本日は販売いたします。

お時間のございますお客様におかれましては、国府宮神社または松屋長春まで。

お待ちしております。

朝陽に照らされて

朝陽に照らされて、道明寺製の桜餅が輝いております。



和菓子界では関東と関西では大きな違いがあります。

きんとんで言いますと、関東はあんに寒天を入れるスタイル。関西はつなぎを入れるスタイル。

この桜餅も関東の平鍋で小麦粉を原材料に焼く長命寺スタイルと関西の道明寺スタイルとに大きく分かれます。

また具象的、抽象的という括りでも関東と関西では大きな違いがあるようで、具象的に和菓子をつくるのは関東圏の和菓子屋さんの特徴でもあると感じています。

このように育まれた文化や歴史の中で独自に発展してきました。

わが中部圏は関西寄りのスタイルが多いのではないかと感じている次第です。

東京、京都とどちらも勉強した私ですが、現在は関西寄りのスタイルを貫いているつもりです。

桜餅は長命寺、道明寺に関係なく桜の葉を使います。



当店の桜葉はいつも伊豆地方特産の深漬けのものを使っております。

なぜなのかはっきりとはわかりませんが、国産のものは特に香りが立つ事が特筆すべき点であります。

桜葉の塩気と香りが乗った桜餅は包あんした道明寺をより一層高みへと昇華させます。

この桜餅は桜が満開になり、散りゆく頃までの販売となります。

羽二重餅の焼印が干支の子から梅にかわりました。



羽二重餅の形状の関係で、焼印は縦長よりも横長のものが押しやすく、子の焼印をずっと押していた頃に比べますと随分と楽に押せるようになりました。

話は大きくかわりますが、今日の本題は「味」についてのおはなしをさせていただきます。

味の感じ方って難しいところがあり、食べ手の方それぞれの体調の違いもあるでしょうし、その時の気温や湿度などの関係も大きく影響があるのだと感じています。

「あれ?今日はいつもと違うな。」

誰でもそのように感じる時があると思います。

味の感じ方を大きく左右する最大の要因の一つは、食べている時の感情や気持ちがあると私は考えています。

気のおけない友人たちとテーブルを囲んでの楽しい食事などは食べる料理も華やかで美味しく感じると思いますし、一人で食べる食事はどこか味気なく感じるのだろうと思います。

楽しい食事、一人の食事。同じものを出されていても間違いなく感じるおいしさは違ってくると思います。

人の味覚はこのように色々な作用によって感じ方がその時々によって変化するものだと考えます。

こう書きましたのは、私が修行から帰ってきたおよそ25年前の時のこと。

何人かのお客様から「息子さんが帰ってきたら松屋長春さんの和菓子が今までよりも甘くなったね」と言われました。

実際にはここ何十年も全ての和菓子の糖分を変えたことはありません。

私は糖分が和菓子の世界では一番大切ではないかと思っています。

実際には糖分(糖度)はとても重要な役割を担っています。と言いますのは、糖分を控えてしまうと柔らかさを保つ効果が大きく失われてしまう事。これが最大の負の要素となります。保水性がなくなると和菓子がとてもかたく感じると思います。また乾きがちになり、何もケミカルなものを入れていなければ腐りがとても速くやってくる事も見逃せない負の要素であります。

現在、多くの食べ物はケミカルな部分に頼ることが多くなっている世の中です。腐りにくいもの、甘く感じさせないもの、餅をいつまでも柔らかく保ってくれるもの、色々あります。

私はそれらを詳しく知ってはいますが、使ったことはありません。

私はそのケミカルなものに懐疑的思想があるので、一切飛びつかないようにしているからです。

特に糖度だけはそのままに、甘みだけ抑える。そのようなものが多く出回ってきています。

そういったものを知らないうちに口に入れている私たちは、昔のように普通に甘いものを美味しい!と感じられなくなってきているのかもしれません。

甘味を甘味として食べるのならば、やはり甘過ぎてはいけないでしょうが、甘さを極力抑える必要があるのでしょうか?私はそう考えています。

甘い!は毒ではありませんし、私は幸せの感情の大きな要素であると思っています。

おいしさを感じるアンテナってどこにあるのだろう?

難しい問題ですが、作り手である私は振り幅の極力少ない職人でいられるよう努力だけは続けるようしなければならないと思いますし、「ホンモノ」をつくり続けられるよう自分自身を戒めながら取り組んでいかなければならないと感じた今日この頃です。

また、お客様に和菓子やそれにまつわるエトセトラをしっかりお伝えし、「ホンモノ」を知っていただけるようこれからもこのブログを続けていこうと決心したところです。

ブレない事。これが一番大切ではないかと思っています。