松屋長春の和菓子便り

尾張稲沢の和菓子店、松屋長春の毎日を皆様にお届けします。 末長くお付き合いをよろしくお願いいたします。



おりべ

桃山時代。

千利休が没した後、第一人者となった古田織部。

彼が好んで使ったとされる陶器が織部焼です。

その特徴は深い緑色。少し黄色を刺したような緑色は当時の人々を非常に驚かせ、魅了しました。

和菓子の世界でも織部と呼ぶ和菓子があります。

レトロでクラシック、伝統的な和菓子として現在でも大切に受け継がれているものです。

薯蕷製の蒸し生地に、中はあっさり喉越しの良いこしあん。

織部の配色、菊の花の焼印を施しシンプルに仕上げたものです。

織部焼のような深い緑色にできない(しなかった)理由ですが、色だけは忠実再現し過ぎてしまうと逆にマイナスの効果が表に出てきてしまうからであります。

松屋長春の職人は父、母そして私の三人です。

父と私が成型や着色に携わっているわけでありますが、形や色は抽象的なものを好む傾向があります。

そのような趣向といいますか、好みの方向が父と同じで本当によかったと思う今日この頃です。

好みや経営方針が真逆ならば、毎日ケンカしなければなりません。

本当にありがたい事であります。

きく

菊ほど様々な名前で呼ばれる花はないのではないでしょうか。

千代見草やまさり草などは和菓子の世界ではよく使われる菊の名前です。

他には星見草、隠逸花や陰君子などなど、たくさんあります。

また菊は和菓子界では頻繁に使われる題材でもあります。色々な生地、色々な形で菊を表現してきました。

先日このブログで「重陽の節句」の菓子をご紹介した際に書いたことでありますが、菊は邪気を払う意味合いがあります。

皇族の象徴としても広く世間に知られていることであります。

このような話を書き連ねてもおわかりになられますように、昔より日本人とは縁が深い花なのです。



菊の花を模した「千代見草」をお店に並べました。

菊の色や形は多種多様あります。

松屋長春では紫、ピンク、白、そしてこの黄色と色合いを変化させながらつくるようにしています。

もちもちとした食感が大きな特徴である外郎製の生地に備中白小豆のこしあんを合わせました。

とてもいい取り合わせであると思います。

原点

長女が一時帰宅し、次女が仕事休みで、三女も大学の授業が無いという日が二日連続であるというのは奇跡的な事であります。

そんな奇跡的な二連休に家族で久しぶりに旅行に出かけました。



旅行先は三重県の鳥羽港からフェリーで20分くらいで到着する離島、答志島です。

私が片親になったばかりの頃、娘たちと絆を深めるために初めて四人で旅行に行った思い出の場所です。

娘たちに旅行先を選定してもらったところ、「あの、答志島のホテルがいい!」と即決となった次第です。

私にとってとても深い思い入れがあるホテルでしたが、娘たちにとってもいい思い出がたくさん詰まったホテルだった事を知り、なんだか嬉しくてたまらない気持ちになりました。

お邪魔したのはホテル定洋さん。



素晴らしい海の幸ばかりを使った料理の数々に舌鼓を打ちました。



夜は四人並んで就寝。



私たちの四人旅行ではいつもジャンケンで布団の場所決めとなるのです。

私は手前から2番目の布団でした。

ホテル定洋さんの真ん前にはこんな素敵な漁港の景色が広がっています。



娘たちと釣りも楽しみました。

そんなに大きな魚は釣れませんでしたが、それぞれ魚を手にし、楽しんでもらえました。



キュウセンベラにゴマサバ、アジ。他にはカサゴやフグも釣れて五目釣り達成でした。

最後に答志島で私が一番大好きな景色をご紹介させて下さい。



ホテル定洋から出てすぐ左側に位置する、このとても短いトンネル。

歩いて通ると眩いばかりの光の先に漁港の船が見えてきます。

毎回このなんとも言えない私だけにしかわからないかもしれない、キラキラした景色に会える喜びがあります。

「トンネルを人生に見立てるならば、その先に見える輝かんばかりの光が素晴らしい未来が待っている」

そんな風にこのトンネル自体を私が捉えているのかもしれません。

しっかりと説明できませんが、大好きで大好きでたまらない私の中の心の風景なのです。

一泊二日とあっという間の家族旅行でしたが、全員が原点に戻れたようなフレッシュな気持ちになれたようです。

家族っていいな。ホントにいいな。

私は片手落ちのような片親ではあるけれど、我が家族にはどんな家族にも無いような強い絆があります。

ホテル定洋のおかげかもしれません。