松屋長春の和菓子便り

尾張稲沢の和菓子店、松屋長春の毎日を皆様にお届けします。 末長くお付き合いをよろしくお願いいたします。



センチメンタル

私にとって一番思い入れの強い和菓子は本日ご紹介する「唐衣」なのではないかといつもそう思っています。



この唐衣(からころも)は私の修行先で習った外郎製の蒸し菓子です。

カキツバタを模した和菓子で、カキツバタが咲き乱れる頃に故郷を思って詠んだ歌の最初の部分である「唐衣」からこの菓子銘が決まりました。

毎年この唐衣をつくる時期がくると、30年前にタイムスリップすることになります。

楽しかった思い出、辛く苦しかった思い出が昨日のことのように思い出されます。

私にとっての修行時代は辛く苦しかった思い出がほとんどを占めます。毎日逃げ出してしまいたい思いを持ち続けながら、なんとか卒業までこぎつけました。挫けそうになったことなど数えきれません。

しかし面白いもので、長い時に経るとそんな苦しみもいい思い出へと変化していることに気づかされます。

辛抱、我慢などを苦心しながら乗り越えて、現在の自分自身というものが形成されたことを思うと、末富に対する感謝の念しか残りません。

それが修行というものであったのだろうと、修行を卒業して随分たってからわかるものなのです。

この唐衣をつくりながら、「末富の仲間たちは今どうしているのだろう?」とか、「旦那さん、奥さんはお元気でいらっしゃるのだろうか?」などと色々思い巡らせてはいるのですが、臆病な私は「お元気ですか?ご無沙汰しております。」というごく簡単なご挨拶のお電話をかけることにも躊躇してしまっています。

80歳を超えた旦那さんに久しぶりにお会いしたいな。奥さんの厳しい中にも愛情があったあのお声を久しぶりに聞きたいな。

こうしておはなししましたように、唐衣は私をセンチメンタルな気持ちにさせる和菓子なのです。

今日の私の頭の中には旦那さんの旦那さんだけが持つ特別なイントネーションで言う「からっころも〜」と言う声が鳴り響いています。(これは私たちの修行仲間の中では思い出話の一つとなっています。)

新型コロナウイルスが落ち着いたら、京都まで行こう!そう決めた日曜日の朝です。