松屋長春の和菓子便り

尾張稲沢の和菓子店、松屋長春の毎日を皆様にお届けします。 末長くお付き合いをよろしくお願いいたします。



羽二重餅の焼印が干支の子から梅にかわりました。



羽二重餅の形状の関係で、焼印は縦長よりも横長のものが押しやすく、子の焼印をずっと押していた頃に比べますと随分と楽に押せるようになりました。

話は大きくかわりますが、今日の本題は「味」についてのおはなしをさせていただきます。

味の感じ方って難しいところがあり、食べ手の方それぞれの体調の違いもあるでしょうし、その時の気温や湿度などの関係も大きく影響があるのだと感じています。

「あれ?今日はいつもと違うな。」

誰でもそのように感じる時があると思います。

味の感じ方を大きく左右する最大の要因の一つは、食べている時の感情や気持ちがあると私は考えています。

気のおけない友人たちとテーブルを囲んでの楽しい食事などは食べる料理も華やかで美味しく感じると思いますし、一人で食べる食事はどこか味気なく感じるのだろうと思います。

楽しい食事、一人の食事。同じものを出されていても間違いなく感じるおいしさは違ってくると思います。

人の味覚はこのように色々な作用によって感じ方がその時々によって変化するものだと考えます。

こう書きましたのは、私が修行から帰ってきたおよそ25年前の時のこと。

何人かのお客様から「息子さんが帰ってきたら松屋長春さんの和菓子が今までよりも甘くなったね」と言われました。

実際にはここ何十年も全ての和菓子の糖分を変えたことはありません。

私は糖分が和菓子の世界では一番大切ではないかと思っています。

実際には糖分(糖度)はとても重要な役割を担っています。と言いますのは、糖分を控えてしまうと柔らかさを保つ効果が大きく失われてしまう事。これが最大の負の要素となります。保水性がなくなると和菓子がとてもかたく感じると思います。また乾きがちになり、何もケミカルなものを入れていなければ腐りがとても速くやってくる事も見逃せない負の要素であります。

現在、多くの食べ物はケミカルな部分に頼ることが多くなっている世の中です。腐りにくいもの、甘く感じさせないもの、餅をいつまでも柔らかく保ってくれるもの、色々あります。

私はそれらを詳しく知ってはいますが、使ったことはありません。

私はそのケミカルなものに懐疑的思想があるので、一切飛びつかないようにしているからです。

特に糖度だけはそのままに、甘みだけ抑える。そのようなものが多く出回ってきています。

そういったものを知らないうちに口に入れている私たちは、昔のように普通に甘いものを美味しい!と感じられなくなってきているのかもしれません。

甘味を甘味として食べるのならば、やはり甘過ぎてはいけないでしょうが、甘さを極力抑える必要があるのでしょうか?私はそう考えています。

甘い!は毒ではありませんし、私は幸せの感情の大きな要素であると思っています。

おいしさを感じるアンテナってどこにあるのだろう?

難しい問題ですが、作り手である私は振り幅の極力少ない職人でいられるよう努力だけは続けるようしなければならないと思いますし、「ホンモノ」をつくり続けられるよう自分自身を戒めながら取り組んでいかなければならないと感じた今日この頃です。

また、お客様に和菓子やそれにまつわるエトセトラをしっかりお伝えし、「ホンモノ」を知っていただけるようこれからもこのブログを続けていこうと決心したところです。

ブレない事。これが一番大切ではないかと思っています。